2015年10月24日

『佐藤垢石全集 決定版 全91作品』申請しました

 戦前から戦後にかけて釣りジャーナリズムとしてカテゴリーを打ち立てたのが佐藤垢石という人です。昭和の初期に報知社(後の報知新聞社)をやめて、主に釣りに関する随筆や雑文で飯を食っていたようです。「垢石」は鮎が食む苔の付いた石のことですが、このころからジャーナリズムのテーマが大きく広がりを見せてきたのでしょう。


 釣りをテーマにした作家といえば、僕なんかはやはり「開高健」が最初に思い泛かびますが、開高健『私の釣魚大全』には

故佐藤垢石老の書くところではアユの多い川はプンとアユのいい匂いがするとある。

と書かれているそうです。開高健あたりでも、佐藤垢石は大昔の人だったようです。

 代表作は「たぬき汁」というエッセイとなっています。昭和十五年に書かれたエッセイです。Kindleの案内には

 代表作の「たぬき汁」は昭和十五年に書かれたエッセイで、紀州の尾鷲に鮎釣りに行ったときに大阪の新聞を読んだ所から始まります。新聞には理化学研究所が団栗から清酒を醸造する方法を発明したと書かれていました。この発明が普及すると全国の団栗が山から姿を消すのではないか、そしてまず最初に餌を奪われるのが、猪、そして次に狸。という展開で、狸の肉を食用にするいう話題に転じていきます。狸の肉なんか喰えるのか、というのはよくわかりませんが、結局みそ汁に入れるわけ(なので「たぬき汁」)で、やはり臭みはあるんでしょう。ちなみに猪は、紀州産がもっともうまいそうです。その理由は紀州の猪は団栗を沢山喰っているからだそうです。とりわけ楢の実を沢山喰った奴が猪肉として至上だそうです。もっとも団栗から清酒を醸造する発明は膾炙することはなかったようですね。

と書いたのですが、たぬきを食べる前に、実はきつねの肉も試しています。当時はきつねは毛皮を取るために養殖(あるいは畜産?)されていました。輸出向けでしたが、けっこう高値で売れたそうです。そのときの肉を貰って試食したようです。きつねは全然だめみたいでした。

 無理してきつねやたぬきを喰おうとするあたりは、昭和十五年ころは、太平洋戦争の直前でけっこう日本は食糧難だったのかもしれないと思ったりもしました。

 ちなみに「海豚と河豚」の前半はクジラの話です。Kindleの案内の続きですが、当時のクジラの値段は一頭あたり

イワシクジラは十五メートル程度で三、四千円
マッコウクジラは十五メートル程度で一万円
シロナガスクジラは三〇メートル程度で二万五千円から三万円

程度だと書かれています。当時の一円は三千円〜五千円くらいだと思うので、三〇メートル級のシロナガスクジラは一頭で一億円程度の価値があったということでしょうか。三〇メートルだと重さが百二十トンくらい。一キロに均すと八百円くらいですね。

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 釣り魚の話は確かに多いのですが、それに関係して「食」の話も結構少なくありません。太公望だけでなく、食通にも興味深い一冊ではないでしょうか。


◆佐藤垢石全集 決定版
www.amazon.co.jp



posted by じん at 20:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤垢石 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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