2016年06月13日

江戸川乱歩「暗黒星」書起。「第十回 壁の穴」を掲載

江戸川乱歩 作品集』に収録予定の「暗黒星」の第十回目をお届けいたします。
 鞠子を殺したトリックを兄の一郎が明智小五郎に説明します。さて明智探偵の反応は?


 「暗黒星」は現在iPhoneにインストールして校正しています。まあまあ誤字や脱字はありまして、なんとか近いうちに仕上げたいと思っています。また合わせて「火星の運河」にあるエッセイの書き起こしもしています。最初に書き起こした分は短いものぱかりでしたが、残っているものは少し長めなので、チョット時間がかかりそうです。今は「透明の恐怖」をスキャン中です。古今の透明人間を扱った作品の紹介みたいなエッセイです。ラグクラフトなんかも紹介されていて、けっこう興味深い内容でした。

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   暗黒星 第十回 壁の穴

 その翌日、一郎青年は新らしい出来事を報告して、今後の処置を相談するために、同じ区内の篠田外科病院に明智小五郎を訪ねていた。
 明智の傷は思ったより重傷であったけれど、ベッドに寝ながら人に会うくらいの事は許されていた。一郎は看護婦を遠ざけて探偵の枕元に腰かけ、きのうの出来事を詳しく報告した。
「ホウ、あいつが塀の上を歩いていたんだって?」
 明智はなぜかひどく輿味を覚えたらしく、無事な方の手で例のモジャモジャの頭をかき廻しながら言った。
「たぶん塀を越して逃げるところだったのでしょうが、それにしても、少なくとも一間か一間半は、塀の頂上を綱渡りのように歩いていたのです。なぜあんなまねをしたのか不思議で仕方がありません」
「君たちに姿を見せるためなんだよ、ほかの者がやったんじゃない、このおれがやったんだということをね。
 ピストルはどこから撃ち込まれたか、まったくわからない。犯人の出入りした形跡がない。それにもかかわらず、おれはちゃんと目的を果たしたんだ。おれの腕前はどんなものだということを、君たちに見せびらかしたんだね。その後、別に発見もなかったの?」
「それですよ。先生、僕は実に驚くべきものを発見したんです。あいつの犯罪手段がわかったのです」
「えっ、君が発見したって?」
「そうです。警視庁の刑事さんではなくて、この僕が発見したんです」
 一郎は得意らしく、頰を赤らめて言った。
「僕は鞠子の部屋を、けさ早くから調べてみたのです。
 すると、鞠子の部屋と綾子姉さんの部屋との境の壁のまん中に、小さな穴があいていることを発見しました。御承知の通り二人の部屋は隣合わせなのです。
 なんのためにあけた穴かわかりませんが、以前あの家に住んでいた西洋人がそういう穴をこしらえておいたのでしょう。穴の上には、両側とも壁の装飾のように木彫りの動物の顔で蓋をして、ちょっとわからないように隠してあるのです。妙な家で、どの部屋にもいろいろな彫刻がついているので、その穴隠しの彫刻も、少しも目立たないようになっているのです」
「フーン、面白いね。秘密の覗き穴というわけだね。君の家はそういう仕掛りのありそうな建物だよ。綾子さんや鞠子さんはその穴のあることを知っていたのかね」
「知っていたらしいのです。姉に聞いてみると、二人はそこの蓋をあけて、電話でもかけるように、両側から話し合って遊んだことがあるというのです」
「なるほど。で、君はその穴について、どういう考え方をしたんだね」
 明智は非常に熱心な面持ちで、じっと一郎の顔を見つめながら訊ねた。
「最初は、あいつが綾子姉さんの部屋に隠れていて、その穴から鞠子を撃ったのではないかと考えました。その彫刻のある蓋というのは、上部だけ壁にとりつけであって、一度ひらいても、手を放せば、パタンと閉まってしまうような仕掛けになっているのです。
 ですから、あいつは、綾子姉さんの声をまねて、鞠子にあの穴の蓋をひらかせたのかもしれません。そして、鞠子がなにげなく例の電話遊びをするつもりで、蓋をひらいたところを、狙い撃ちにしたとも考えられます。壁の蓋は自然に閉まってしまうので、あとにはなんの痕跡も残らないのですからね」
「フン、そうも考えられるね。で、綾子さんの部屋の窓は中からしまりはしてなかったの?」
「ああ、先生、お気づきになりましたね。僕もそれを調べて、行き詰まってしまったのです。窓にはちゃんと、中から掛け金がかけであったのです。つまり、犯人は姉の部屋の窓からも逃げ出すことはできなかったのです。
 姉の部屋も、やっぱり、窓のほかには廊下のドアしか出入口はないのですが、そのドアは鞠子の部屋と同じがわの廊下にひらいているので、そこからあいつが逃げ出したとすれば、書生の斎藤が気づかぬはずがないのです」
「やっぱり密室の犯罪だね。で君はそれをどう解釈したの?」
「僕は恐ろしいことを想像したのです。口に出していうのも恐ろしいことなんです。それで、きょうここへきたのも、その僕の想像を先生に聞いていただいて、正しい判断をくだしてほしいと思ったからなのです」
「言ってごらん。君はその壁の穴の中に、何かの痕跡を発見したんじゃないのかい」
「そうです。僕はそれを見つけたのです。穴の内側に太い釘を幾つも打ちつけた痕があるんです。その痕の様子では何か小さなものを、穴の中へしっかり取りつけるために、釘を打ったとしか思えないのです。釘を打って針金を巻きつけて、何かを取りつけたのです」
「小型のピストルを?」
「ええ、僕もそう思うのです。そして、鞠子の部屋のがわの蓋の裏に、針金を引っぱるか何かして、鞠子がそれをひらく途端に、ピストルが発射するような仕掛けをしておいたのじゃないかと思います。穴の位置はちょうど鞠子の胸くらいなのですから、この想像は突飛なようでも、決して不可能ではないのです。
 ピストルが発射して、鞠子が倒れると、蓋は元の通りふさいでしまうのですからね」
「鞠子さんの倒れていた位置は」
「ちょうどその隠し穴の前なのです」
「フーン、君の想像が当たっているかもしれないね。そういう手段で人を殺した例は、外国にもあるんだからね。で、君は誰がそれを仕掛けたかという想像を組み立てて、その想像の恐ろしきに悩まされているというのだろうね」
「そうです。僕はそれを先生にお話しするさえ怖いのです。言つてはいけないことじゃないかと思うのです。
 しかし、ともかくお話ししてみます。できることなら、先生に僕の間違いを指摘していただきたいのです。
 それを発見して、先ず僕が考えたのは、誰がその装置をしたかということです。そういう仕掛けを人知れず取りつけることのできる立場にいたものは、誰かということを考えたのです。
 それから、鞠子に適当な時にあの蓋をひらかせるためには、前もってそのことを鞠子に言い含めておかなくてはなりませんが、そういうことのできる立場にいるもの、又その命令を鞠子が素直に承知するような立場にいるものは、いったい誰かということです」




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posted by じん at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸川乱歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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